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「灘→東大理III」の3兄弟を育てた母の秀才の育て方 の佐藤 亮子が叩かれ過ぎな気がする

 東大理Ⅲに息子をたてつづけに入れた母親として有名な佐藤亮子さんが叩かれています。自慢に対する反発も多いですが、以下私の感想です。

 佐藤さんの目標自体は正しいと思うのです。それは、人間は色々な欲求や考えがあり、受験などというものには集中できないのが普通なのですが、自分が立てた目標にしたいして、それを達成するための努力を常に行い続ければならないという現実があります。なので、その手段が受験であればそれをクリアするために集中し続けなければならないということになり、正しいです。この部分を批判している人達はちょっと自分を見なおしたほうが良いかもしれません。

 しかし気になるのは、なぜ息子たちがそこまで東大理Ⅲを目指さなくてはならないのか、というとこですね。純粋に人を助ける人材になりたいのでしょうか。それならば母親である佐藤亮子さんが身を持ってそれを目指し、子どもたちに示すのが筋でしょう。なのでそういうことでは無い様です。とするとあと残るのは、社会的なステータスが目的ということになります。この点について興味深い記事を見つけました。

gendai.ismedia.jp

 やはりというかなんというか、点取り主義社会の弊害ですね。東大チケットがあれば全てなんとかなるという風潮が生み出したものでしょう。世の中そんなに甘くありません。実践力の無い者は容赦なく酷評されます。また、世の中のほとんどのことは、一部の点取エリート以外の人達が回しており、やけに難しい点取などを頑張らなくても、必要な知識を身につけ、大事な事や本質を見極めてそれなりにやっている人が回しています。

 この母親は子どもたちに学歴を強烈に求めていますが、当のご自身は津田塾大学卒業だそうです。はっきり申し上げて、点取りとしては「ほぼがんばっていない」レベルです。いや、点取りは別に頑張らなくてもいいと思うんですよ私も。この世の中にはそんなことよりも力を注いで身につけなければならないことがたくさんありますからね。

 しかしそうなると、やはり学歴コンプレックスという言葉が脳裏をよぎります。ある種のモンスターですが、この様な書籍まで出して世にそれをアピールするという辺りに佐藤亮子さんの病理を感じます。

 また、佐藤亮子さん自身に本物の力があれば、子どもたちにそこまでのことを求めることはないだろう、というのが私の感想です。佐藤さんはご自身の未来に希望が無いのですね。自分の子供達に何かを求める前に自分を磨くことが大事だということです。世の中はこの辺りを見透かしていると思います。

 この話題にちなんで、東大理Ⅲの有名人の名前を調べてみました。吉永賢一さんという方がいらっしゃいますが、この方は東大理Ⅲに合格した後、退学しています。その後なにをしていたかというと、家庭教師をやったり、執筆活動をしたりしています。やはり疑問が起きます。なぜ日本一の天才が集まるはずの東大理Ⅲ合格者がこの様な活動しか出来ないのか。この世には頭がよく、行動力がアレばできる大きなことがたくさんあります。なぜそれらを行えないのか、又は行わないのか非常に疑問です。私も東大出身者を何人か見てきましたが、その実態は世の中が思っている様な神がかった天才ではなく、試験に対する努力家がほとんどであり、世界に名だたる天才には遠く及ばない存在です。日本の東大出身者のどれほどが、世界の人々が未来永劫尊敬するような成果を残してきたでしょうか。東大出身者が皆本当に頭が良ければ、世界で勝ち、泥臭い官僚や医者になどなりたいとは思わないでしょう。