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奴隷制度の準備段階である日本の小中高と、就職などするべきではない会社

 当たり前の事なのだが、本人の目標や条件等により、会社に雇われる意義というものは変わってくる。本質的には人生を会社に頼るという行為自体が負けなのである。
 もちろん雇われて勝ち組といえる会社も存在するが、ほんの一握りであり、ほとんどのその他の会社は、その創設者のためと、創設者の意向と本人の目標が合致する少数の人達で構成されてなんとか成り立っている。
 日本では中学高校のころから、高校を出て進学しないのであれば就職することになることが当たり前のように刷り込まれ、能力も経験もからっぽの子供が、一定数どこかに就職して働くことになる。これは明らかに体の良い奴隷制度の様なもので、職業選択の自由はあるが、経済的にはほぼこのルールに拘束されるので、奴隷制度と何も変わらない。
 日本の小中高では、この仕組みを一定程度保つための教育が行われ、教育とは言っても生徒が将来力をつけ、得が出来るようなことは何一つ教えない。そのくせだらだらと教科書の中身を覚えさせて、学校の試験で点数を採ることを要求するという、教育機関の権威を保つためだけの活動を行っている。ここに預けておいて、その結果がどのようなものであっても、それを受け入れるしか無いと思っている馬鹿親は多く、この様な親は自身で子供に教育するという概念すら無いので、子供が子供のうちから自立した目標を持ち、独自で学習するための環境を与えてやるなどということはしない。なので、学校がなんとなく無意味に思えて数年を棒に振ってもそのままだ。
 日本の小中高は、読み書き算数を教える子守としてはいいかもしれないが、それ以上のことは決して任せてはいけない。これらの仕組みに沿って、その中で何も出来なければ奴隷になるのがあたりまえだという考え方が固定してしまった人は本当に可愛そうだ。
 子供には、中学生ぐらいになったら短期間でもバイトをさせ、労働と現状での賃金の感覚を身をもって覚えさせ、その上で様々なものを見せ、そこから興味をもったものに対する精進をさせるのが良いだろう。その中で、なぜ勉強が必要なのか大人と同様に理解するだろうし、つまらない仕組みに巻き込まれたくないという強烈なモチベーションがもし励起されるのであれば、それを回避するための思考を深めることだろう。
 子供に対しては慎重に教える必要のあることだが、日本も資本家や既得権益者と奴隷労働階級に分けられている国の一つであるということを教えてやることから始めねばならない。